マスーア入植地がパレスチナ人の土地をさらに奪う

マスーア入植地の入植者は、再び彼らの農地を拡大した。そもそも、この農地は、2、3年前にパレスチナ人から奪ったものだ。農地の拡大は、ベドウィンが今でも生活を続けている土地で行われた。イスラエルのマスーア入植地が、1967年にアブー・アル・アジャージュ難民キャンプが設置されたのと同じ場所に造られたことは注目に値する。彼らは、ジフトリック地域における何万エーカーもの肥沃な農地を収用し、水資源を管理下に置いた。ヨルダン渓谷の高速道路90号線を利用する人なら誰でもすぐ、酷い条件のもとで何とか耐え忍ぶパレスチナ人コミュニティの抵抗の様を目にすることができる。そして道路の反対側には、入植地の農園や水泳プール、電気フェンスがある。

水道管は、エダイス家のテントの下を通って、入植地に水を供給し、同様に電線は、彼等の村の頭上を通って、入植地につながっている。これらのサービスは入植者のためのもので、エダイス家は、イスラエルの占領規則(軍令)により、水や電気にアクセスすることもできず、また、家や道路、学校を建設することもできない。

さらに酷いことに、彼等のコミュニティがこの地域にとどまることさえ、難しくなりつつある。過去3年間、入植地はより多くの土地を収用している。マスーアの入植者は3度に渡り、彼らの土地を拡大しており、ベドウィンのテントの周囲の家畜のための牧草地を奪い続けている。新たなグリーンハウスが次々と建てられ、エダイス家の暮らすテントを間近に見下ろしている。

1980年代、イスラエル占領軍は、この地域にあったコンクリート製の建築物だけを破壊した。それは井戸であった。イスラエル占領軍の規則によれば、パレスチナ人は、新しい家を建てたり、古い家を修理することは許されていない。道路の建設についても同様である。家畜小屋などのごく簡単な建築物でさえ許されない。このような厳しい状況において、パレスチナ人が生活することは困難である。さらに、彼らは、何百件もの家や小屋――プラスチック板などで作られたものでさえ――破壊している。エダイス家も何度も家屋破壊を経験している。昨年、エダイス家は、イスラエル側とパレスチナ自治政府側の(占領地における)調整事務所に抗議した。イスラエルの調整事務所は、1948年のイスラエル建国以前からその地に住み続けているエダイス家には、そこに住む権利がなく、9年前にロシアからやってきた入植者には、フェンスを拡張する権利があると決定した。入植者は、占領軍の規則に従い、農地の拡張を行い、さらに5ドナム(約5000平方メートル)の拡張を計画している。彼らの農地では、ヨーロッパに向けて輸出される予定の鑑賞花が栽培されている。いま、入植者達は、ベドウィンの家畜の臭いが花に悪影響を及ぼすという理由で、フェンスを拡張し、ベドウィンの土地を奪おうとしている。そのことが意味するのは、パレスチナ人達は、唯一、彼らの村と外部とをつないでいる未舗装の道を失うということである。

今日、私たちパレスチナ人は、占領者の利益のため、私達の土地の一片をさらに失った。
今日、私たちは、イスラエル産の鑑賞花を購買する世界中の人々に問いたい。本当にこれらの花が必要なのですか、と。
これらの花の値段の背景には、何千人ものパレスチナ人の犠牲がある。
私たちは問いたい。本当にこれらの花が必要なのですか? 考えてみてほしい。

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