ファリシーヤ村の水道管のサクセス・ストーリー

2011年1月25日(木)

2010年4月15日、イスラエル占領当局は、ヨルダン渓谷北部のキルベト・アル・ファリシーヤ村を襲撃し、地元農民が所有する4つの井戸を封鎖した。この井戸は、飲料水、および、農作物や果樹のための灌漑用水のために利用されていた。したがって、その破壊は、数千ドナムの農地を干上がらせ、この村の農業を破壊しかねないものであった。

イスラエル当局は、アリ・ゾフディ、ファエク・スビーハ、ラッディの三名に対し、井戸の収用命令を発行した。それぞれの用水ポンプの値段は、2万5000シェケルはすると考えられる。

これは、ファリシーヤ村の人びとが占領当局によって水の供給源を破壊された初めてのケースではない。2008年3月には、すべての水道管が破壊され、その源である湧き水の周辺は軍事閉鎖地域に指定され、人々は水源にアクセスすることができなくなってしまった。
http://www.brightonpalestine.org/node/539

キルベト・アル・ファリシーヤ村の井戸の封鎖と同じ週に、すでに同様の、占領軍による渓谷のパレスチナ人の水源へのアクセスに対する妨害がおきていた。2010年4月11日に占領軍は、バルダラ村の農民の用いていた水源を遮断していた。
http://www.jordanvalleysolidarity.org/index.php?option=com_content&view=article&id=33

ヨルダン渓谷におけるパレスチナ人の水源に対するイスラエルの攻撃が増加していることに対し、いくつかのベドウィンのコミュニティは、直接行動によって、占領軍のアパルトヘイト政策に挑戦し始めた。

2010年5月7日、ヨルダン渓谷連帯の支援のもと、いくつかのベドウィン・コミュニティは、彼ら自身の手で彼らの村に水が届くようにしたのである。

彼らは、(水源のある)エイン・イル・ベイダ村(B地区)からファリシーヤ村(C地区)まで、7キロの長さの水道管を設置した。地元および外国人のヴォランティアが水道管の設置を手伝った。

水はしばらくの間流れたが、やがて止まってしまった。パイプは破損していた。私達は何度か修理したが、流れる水の量は非常に少なかった。

同じ時期、ファリシーヤ村は、二度にわたって占領軍によって襲撃され、破壊された。それぞれ、約70のバラック小屋とテントが破壊され、26家族とその家畜が家を失った。

破壊のたびに、ファリシーヤ村の住民は彼らのバラックとテントを再建し、野菜の栽培を続けた。しかし、彼らの主要な問題は依然として水不足だった。ヨルダン渓谷に住むほとんどのパレスチナ人は、彼らの灌漑用水と飲料水とを高い値段でイスラエルの会社メコロットから購入しなければならない。

8月、私達は、この地域の貯水池を修繕することを決定した。雨季が来るのは遅く、水道管もふたたび破損した。

ついに一週間前、水道管は修理され、貯水池は透明な水で満杯になった。周辺地域の農民やベドウィン達は、皆、彼らの移動式貯水タンクに水を入れるためにファリシーヤ村に毎日来ている。

こうして、一つのコミュニティが、彼らの土地に住み続けることと、彼らの権利を主張することを通じて、占領に挑戦している。

原文:Water success story in Al Farsiya

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