イスラエル軍は、米軍との合同軍事演習「 Austere Challenge (厳格なる挑戦)2012」によって、ヨルダン渓谷を乗っ取る

2012年11月22日

軍事力の誇示にもひるまない断固としたヨルダン渓谷の抵抗

2012年11月12日のジフトリク村

2012年11月12日のジフトリク村

10月後半以来、米・イスラエル合同軍事演習「Austere Challenge (厳格なる挑戦)2012」の一環として、重戦車はもちろん航空機およびミサイルによる訓練も含まれる一大軍事演習が、ヨルダン渓谷の全域で行われて続けている。特に渓谷の北部エリアが、違法にも「砲撃ゾーン」と宣言されている。

ベドウィンのコミュニティーの強制追放

この軍事演習の結果として、ヨルダン渓谷のパレスチナ人コミュニティーは、各自の玄関先やそれぞれの農地、家畜を放牧している牧草地、そして全渓谷において、この軍事活動による苦しみを強いられている。巨大戦車や航空機、ヘリコプターなどの絶え間ない往来、またそれにともなう無数の部隊やジープ、トラックなどが、住民家族の居住区域内にまで常時入り込んでいる。丘陵地域は、普段、羊飼いと家畜によって優先的に利用されているが、そこも一時的な軍事キャンプと姿を変えてしまい、イスラエル占領軍(IOF)の通常基地のサポートを行っている。そして、道路建設のため、広大なエリアがブルドーザによって整地されてしまった。さらには、いつもは平和で穏やかな情景をたたえる渓谷が、長距離射撃訓練、爆轟、ミサイルのテスト射撃、そして歩兵隊が移動したり、ヘリコプターや飛行機が行き来したりするときの轟くような騒音によって、その静寂を奪い取られている。

2012年11月8日にアル・マーリフ村で発せられた命令書

2012年11月8日にアル・マーリフ村で発せられた命令書

特に、北部エリアのパレスチナ人ベドウィンコミュニティーは、信じられないぐらいに大きな被害を被っている。多くの家族が一時的に強制退去させられているのだが、場合によっては、永久にということにもなりかねない。というのは、訓練目的と称してイスラエル占領軍は、住民に土地から立ち退くように軍令を発しているのだが、時には2012年12月31日までの延長としながら、口頭では訓練次第で2013年4月までの6ヶ月間の延長もあり得る、などと言い渡してくるからだ。ひとたび退去命令が出され、それに従わないと、住民は土地や家畜が奪い取られたり、またそれらの所有物を取り戻すための罰金を課せられたりする恐れさえある。

多くの家族が断固として自分の土地から立ち退かずにいるが、子どもたちを地域の外に送り出し、そこで別の親族たちと生活をさせるようにしているものも少なくない。一方で、家族で一緒に暮らすため、生活の場所を付近の地域で見つけたものもいる。しかしながら、雨期が始まれば、そうした家族たちが家財道具や家畜を移動させ、家を再建するというのは、なんと言っても大変なことと言うほかない。C地区に住むベドウィンコミュニティーが水や電気、基本的な公共設備を利用するのを禁じられ、教育や保健医療から閉め出されていることを含めて考えるなら、ここ最近のこうしたコミュニティーへの攻撃は、イスラエルが画策する幅広い計画のなかの、あからさまなやり口の一つであり、ようは、それぞれのコミュニティーが何世代にも渡って住み着き、開墾し、育んできた土地から、彼らを強制追放しようとしているのである。

被害調査

2012年11月8日にアル・マーリフ村で発せられた命令書

地図は北部ヨルダン渓谷の中で、軍事演習「Austere Challenge 2012」によって特に被害を被っている地域を示している

11月6日〜13日の間だけで、アル・マーリフ村、ラス・アル・アフマル村、キルベット・フムサ村、キルベット・イェルツァ村、そしてイブジック村などのコミュニティーで、冷たい雨の中、多くの家族にたいして大規模な立ち退きを強制執行するのが目撃され、何百人の人びとが大規模軍事訓練によって苦痛を強いられることになった。

11月6日、 ラス・アル・アフマル村の村人たちに、11月11日の日中の間の、村の区域からの退去命令が発令された。何人かのものには、その日だけでなくその後3週間にわたる毎日の退去命令であった。11月11日、朝の6時に20家族がイスラエル占領軍に付き従わされ、自分たちの土地から追い出され、その日は軍事演習を一日中見物させられたのだ。自分たちの家の近くで大きな爆発とミサイルのテスト発射のまぎれもない音がしているのを、彼らは隣村であるキルベット・アトゥフ村から聞かされ、夕暮れになるまでラス・アル・アフマル村に戻ることは許可されなかった。

11月7日、アル・マーリフ村の大多数の家族(41家族のうち30家族)に対して、退去命令が出された。さらに2度、11月8日と11日にも、イスラエル軍はやって来て、同じ通達をおこない、コミュニティーに同エリアから立ち退き、少なくともタヤシール村まで離れて行き、戻ってこないように要求した。12日に、コミュニティーの生活地域全体で軍事訓練が拡張されて行われたが、しかし、ひるむことなくコミュニティーの家族たちは、家にとどまった。ただし、次回どうなるかは分からない。

軍事訓練は、キルベット・イェルツァ村のコミュニティーと周りの土地にも被害をもたらしている。11月11日、歩兵部隊が軍用犬とおびただしい数の占領訓練用車両をともない、村にあらわれた。同日と翌日は、タヤシール村やアル・アカバ村、トゥバス村に通じる道路がそれぞれ封鎖され、事実上、村への向かう道はすべて遮断された。そのときから、村のコミュニティーは、自分たちの生活の場でありながら大規模な軍隊にさらされる、という試練を受けている。コミュニティーのメンバーは、この地域から離れるように口頭で言い渡され、また軍事訓練は6ヶ月間続くと伝えられたが、それでもすべての家族が自分の土地にとどまっており、そして今後も抵抗を継続するつもりである。

2012年11月13日、イェルツァ村

2012年11月13日、イェルツァ村

2012年11月13日、タヤシール村の周囲に位置するアル・マーレ村

2012年11月13日、タヤシール村の周囲に位置するアル・マーレ村

11月11日の午後の時間帯に、軍事訓練がアル・イブケア平原で行われた。その平原にはキルベット・フムサ村のベドウィンコミュニティーが暮らしており、そのうちのいくらかの家族が、近隣のアル・ハディディーヤ村に訓練期間中の避難場所を求めて避難した。何百台もの重戦車がこの地域を通過し、大型航空機が着陸し、多数のヘリコプターが上空を飛び交っていた、と住民はその様子を語った。

11月12日と13日には、訓練はエイン・イル・ヒルウェ村の周辺地域でおこなわれた。しかし、住民家族に命令などはまったくなかった。彼らによるとイスラエル軍は、彼らの家のすぐそばにキャンプを設置し、通ったばかりの車両の跡が、10月31日に破壊されたアリ・アフマド・バニ・オドゥ家族の住居から、ほんの数メートルの周辺の丘にまで入り込んでいた。

2012年11月13日、エイン・イル・ヒルウェ村

2012年11月13日、エイン・イル・ヒルウェ村

2012年11月13日、ベカオト村

2012年11月13日、ベカオト村

国際的責務の違反

イスラエル軍が、ヨルダン渓谷のパレスチナ人コミュニティーへの脅しと嫌がらせとして、またそれだけにとどまらず、彼らを強制的に立ち退かせるために、米=イスラエル合同軍事演習「 Austere Challenge (厳格なる挑戦)2012」を利用しているのは、議論の余地がない。ジュネーブ条約に反するにも関わらずである。

一般市民の保護に関わるジュネーブ第4条約の第49条は、住民の安全あるいは軍事上の理由によりやむを得ない場合以外は、占領地からの住民の強制的な移送を禁じる、と明確に述べている。明らかに、強制移送は、敵からの攻撃があるかもしれない状況においてのみ、またそうした攻撃が続く間のみ、正当化されるのであって、その後、住民がすみやかに自分たちのもといた場所に戻ることを許可しなければならないものである。

イスラエル軍の軍事訓練だからといって、強制移送が正当化されるはずもなく、またされてはならない。そしてもし強制されるなら、それは違法な行為である。

パレスチナ人コミュニティーが、自分たちの土地で生存する権利は、かけがえのないものである。たった1時間であっても強制退去は、あらゆる点で受け入れがたい。これは、イスラエル軍当局による国際的責務の違反であり、ゆえにその責任を追及しなければならない。

イスラエルによる植民地プロジェクト

明らかに、この「Austere Challenge 2012」だけでなく、ヨルダン渓谷はイスラエル軍のための軍事演習基地として利用され続けている。

嘆かわしいことに、軍事訓練と、それに伴うコミュニティーへの危険と被害は、ヨルダン渓谷のパレスチナ人にとっては、とくに異例なこととも言えない。軍事基地は、ヨルダン渓谷のあちこちに設置されている。「Austere Challenge 2012」のような激しい軍事演習の期間に加えて、定期的な軍事訓練が、コミュニティーの場所の近くで、彼らの存在を全く無視しておこなわれる。言うまでもなく、一般住民がいる近隣での軍事訓練は、きわめて危険であり、射撃訓練や土地に残された地雷のために、パレスチナ人が負傷したり、時には死亡したりする事故が多発している。

2012年11月12日、オスマン時代の家屋近くのアル・マーリフ村

2012年11月12日、オスマン時代の家屋近くのアル・マーリフ村

軍事目的のためにヨルダン渓谷を支配し利用拡大するという表明には、渓谷のパレスチナ人への日常的なさまざまな攻撃を引き起こしながら、ヨルダン渓谷のパレスチナ人の土地を寸分残らず奪い、住民をこの地域から追い出し、それによって土地の併合を準備しようとするイスラエルの意図が、はっきりと現れている。

にもかかわらず、自分たちの土地にとどまろうとするパレスチナ人コミュニティーの決意は、揺らぐことはなく、今後も決して揺るがされないだろう。

注記:この記事は、ヨルダン渓谷連帯委員会のボランティアが、いまも続いているアメリカ・イスラエル合同軍事演習の期間中、とくに2012年11月6日以降に集めた情報を、要約・更新してまとめたものである。

原文:Israeli forces take over Jordan Valley in ‘Austere Challenge 2012’ military training

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