軍事訓練を口実としたさらなる強制退去

2012年11月12日

121111_Ras_al_Ahmar_Training_5_web2012年11月11日の早朝、いっせいに始まった軍事演習の拡大のために、ハムラ検問所より北のアロン・ロードは通行止めとなり、臨時検問所と軍の停止命令によって統制下に置かれた。

その時間、ハムラとタヤシール検問所は完全に閉鎖されたと住民たちは報告した。その一方で、軍の車両が通行し、アロン・ロード北側に沿った悪名高い塹壕ですら、軍事訓練のために数か所で通行できるようにされた。ヨルダン渓谷北部全域にわたり、パレスチナ人のコミュニティは完全に寸断され、強制退去させられ、また、自分たちの土地で軍事訓練が行われることを耐えなければならなかった。

ある家族は、イスラエル軍の命令にいやいやながら従い、一時的に家を離れ、数時間も雨と寒さの中で過ごした。家に残った人々もいたが、彼らは一日中、夜まで続いた激しい演習を目の当たりにすることとなった。

キルベット・フムサ村の人々は近くのアル・ハディディーヤに避難し、一方、ラス・アル・アフマルの家族はキルベット・アトゥーフへ移動した。11月8日、それらのコミュニティに退去命令が出され、訓練はヨルダン渓谷の北側で行われた。ラス・アル・アフマル、キルベット・フムサ、アル・マーレを含む多くの共同体が影響を受けた。

北ヨルダン渓谷中を、大きな戦車や軍用機、ヘリコプター、数え切れない歩兵隊、ジープ、軍用車の部隊がまるでパレスチナの土地が彼らの裏庭であるかのように、民家の近くに入り込み、好き勝手に行ったり来たりした。

さらに、コミュニティは継続する射撃音、大きな爆発音、ミサイルの発射音、自分達の土地を闊歩する歩兵隊の騒音に耐えねばならなかった。5時頃には兵士が乗ったバスや他の車両はイスラエル占領軍の基地に帰っていったが、ヘリコプターがヨルダン渓谷を横切るなどの訓練は続けられ、なおも軍事統制が続いているのだという脅迫が行われた。

ラス・アル・アフマルでは、20家族が朝6時にイスラエル占領軍に家を追い出された。その日、彼らはキルベト・アトゥーフで過ごし、夕方帰宅した。11月6日、軍事訓練のために、ある人は11日の昼間だけ、他の人々は朝6時から夕6時まで3週間毎日、その地区から出て行くようにと命令された。ルフティ・サイード・ジャビル・バニウーディとマフムード・ファファド・バニウーディの家族について言うと、先週中ずっと占領軍による暴力が続いたという。軍が、4回もやって来ては、退去命令を繰り返し、彼らを強制移動させたと彼らは報告した。11月11日の昼間、ラス・アル・アフマルの家族は、彼らの村の周囲で行われた軍の訓練を目撃した。それは、集中的な射撃、彼らの家の近くでの爆弾の爆発、そして多くの軍事車両の往来などであった。

アル・マーレは、C地区からパレスチナ人を追い出そうという占領軍の戦略の一環である軍事訓練のために、恒常的な移住を強いられた。アル・マーレの住民サルマン・ナジャーデによれば、イスラエル軍基地の直下に位置する村は毎日のように占領軍によるトラブルと直面しているという。最近、彼の家族は、タヤシール検問所に近い村の土地から、村の反対側にあるオットマン・ホテルのある地区へ移動することを強制された。彼は付け加えて言った。最近の雨、ことに11月11日の雨はひどく、この移動は、家族の健康にひどい悪影響を与えています。もちろん彼らの主たる収入源である家畜にも。

原文:More displacement under the pretext of military training
http://www.jordanvalleysolidarity.org/index.php/news-2/news2012/613-more-displacement-under-the-pretext-of-military-training

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