さらなる追放とさらなる焦土

2013年4月25日

2013年4月24日、占領軍はキルベット・サムラにある牧草地の数十ドゥナム(1ドゥナム=1000平方メートル)を焼き、北部ヨルダン渓谷の三つのベドウィン・コミュニティに退去命令を出した。

昨日、軍はパレスチナの人びとがそこで牧草を食べさせに、家畜を連れてくるのを直接妨害するために、数十ドゥナムの牧草地に火を付けた。

これらの命令はエイン・イル・ヒルウェ、アル・マーリハそしてキルベット・サムラのコミュニティに出され、おおよそ600人に影響を及ぼした。

2013年4月29日、軍の命令により、その家族は10~24時間の期間、彼らの家およびその周囲の地域から立ち去ることを強いられる。影響を受ける全ての人びとは、この間、彼らの土地から遠く数キロ離れることも我慢しなければならず、彼らの多くは、野外でしばしば幼児とともに眠ることを強いられる。

彼らが帰ることを許されるかどうか、あるいは、軍が彼らの不在のうちに彼らの土地と所有物をどのように取り扱うか誰も本当のことはわからない。

軍がこの避難のために与えている想定される理由は、彼らの土地が軍事訓練のために必要とされるということである。周りの入植者たちに同様の「必要な」避難手続きを要請しないにもかかわらず、コミュニティの人びとが留まることは危険だとされる。これは占領軍が彼らの土地から外へ押し出すために、繰り返し使用する多くの方法の一つである。

ヨルダン渓谷の56%はイスラエルによって軍事地域と考えられている。この地域の大部分には、入植者と軍から日々の嫌がらせに直面しているパレスチナコミュニティの人びとが住んでいる。

原文:Yet Another Evacuation, and Ever More Scorched Lands

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「水の正義のためのウォーク」

移動用給水タンクを奪うイスラエル軍(2012年6月)

移動用給水タンクを奪うイスラエル軍(2012年6月)

2013年3月20日

3月20日、私たちは、250人のパレスチナ人および国際活動家たちとともに、「水の正義のためのウォーク」を行った。行進はマクフール、アル・ハディディヤ、ラス・アル・アフマルという、ヨルダン渓谷北部でイスラエル占領軍による家屋破壊や水のインフラ破壊、日常的な嫌がらせを執拗に受けている三つの地域で行った。

これらのコミュニティーでは、男性、女性、そして子供たちは一日20リットルの水で生き延びている。WHO(世界保健機関)では、一人当たり1日100リットルを推奨しており、違法につくられたロイのイスラエル入植地での一人あたりの水の消費は、一日あたりの平均431リットルである。

イスラエル占領軍はパレスチナ人を彼らの土地から追い出すために、水を民族浄化の武器として使用している。これらのコミュニティーからは、入植地近くの青々と茂った木や畑、そして水を入植地に運ぶ巨大な高圧送水管を見ることができる。しかしパレスチナ人にはそれらの水にアクセスする権利はない。

帯水層から水を搾取するため地下深くに掘られた入植地の巨大な井戸が見えるが、パレスチナ人はその帯水層に届く深さまで掘ることを禁じられている。そして彼らが井戸を修理すると、占領軍がやってきて破壊してしまう。

「水の正義のためのウォーク」は、各地域を訪れ、水をめぐるアパルトヘイトの現実を見ました。そこでは、暴騰した料金の水と、それを運ぶトラクターの燃料費を払い、トラクターと移動用給水タンクですべての水を集めなければならないのです。

このイベントは、一日中7台の占領軍のジープに見張られていました。しかしながら、アル・ハディディーヤとラス・アル・アフマルを隔てるゲートの通過には成功しました。このゲートは、ヨルダン渓谷と他の西岸地区を隔てるために掘られた深い塹壕に位置しています。そしてこのゲートはイスラエル占領軍によって一日に2度開けられることになっていますが、彼らが現れないことが頻繁にあります。そのことは、子供たちは学校へ行けず、家の人たちは水を取りに行くことができないということを意味するのです。

このイベントの報告は、「フリーダムバス」のウェブサイトにもあります。
http://freedombuspalestine.wordpress.com/2013/03/28/walk-for-water-justice-in-the-jordan-valley/

原文:Walk for Water Justice

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ズベイダート村のパレスチナ人のナツメヤシの木々が破壊の危機に

2013年3月15日

2013年3月14日ズベイダット村の農作業禁止命令

2013年3月14日ズベイダット村の農作業禁止命令

2013年3月14日、イスラエル軍は、ズベイダット村の村議長ハサン・アベド・ジャルミに対して、農作業禁止命令を発令した。命令は、彼が自宅の横で2年~6年来、植えてきた100本のナツメヤシの木に対するものであった。禁止命令の理由としては、このナツメヤシがアルガマン入植地との境界に植えられているからだという。アルガマン入植地は、1968年にヨルダン渓谷に建設された2番目の入植地であり、その過程でズベイダット村の土地が3,500ドゥナム以上没収された。このナツメヤシの木々から得られる収入は、ハサンの家族と隣人家族には、欠かせないものである。命令書は、ハサン自らが45日以内に木々を取り除かなければ、罰金の上、木々を根こそぎにするなどの、さらなる処分が課せられるとしている。

原文:Palestinian date trees in Zbeidat threatened

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ファサーイル・アル=ウスタでの連帯活動の日

2013年3月9日

石を集める

予定地から石を除去する

2013年3月8日、ラーマッラー、ナブルス、ヘブロンから訪れたパレスチナ人の若者たちが、ここ2年間断続的な家屋破壊の波にさらされているファサーイル・アル=ウスタ・コミュニティとの連帯活動に参加した。

この日、テジワルグループからのおよそ計100人の若者たちが、泥レンガの家屋や村のコミュニティ・センターの建設活動に加わった。この1日の始まりと終わりにはヨルダン渓谷、とりわけファサーイル・アル=ウスタが置かれている現在の状況が参加者たちに伝えられた。ファサ―イル・アル=ウスタでは、村の周囲に建設されている巨大な入植地(トメル入植地とペツァエル入植地)が拡大し土地を得ていくのに合わせて、パレスチナ人家族たちが外へ追いやられている。
 
参加者の声

床にコンクリートを打つ

床にコンクリートを打つ

「コミュニティハウスを修繕強化し、泥レンガの家にセメントの床を作るため、石を集める必要があった。」

「朝食の時間には他の参加者たちとお互いを少し知りあい、それが終わると、2つのグループに分けられた。参加者のうちの半分は石を集めに行き、他の半分はコンクリートの床を作りに行った。また他にも、あちこちに座って水タバコを嗜んだり、地元の子どもたちと歌を歌ったりしている者もいた。2,3山の石を集めると、トラックが来てその石を積んでコミュニティセンターへと運んでいった。トラックのトレーラーに乗り込むのは何にも勝るアトラクションであり、みなそれを楽しんだ。」

コミュニティ・ハウスの前で

コミュニティ・ハウスの前で

「別れの挨拶をしていたとき、ほとんどの人々がこの日を楽しんでいたという印象を受けた。多くの人びとがまたここに戻ってきたいと話していた。バスが去っていくとき、私たちは新しい友人たちに手を降っているような感覚だった。人の嵐とともに過ぎていった忙しく大変な日だったが、みなそれを楽しんでいたし、ヨルダン渓谷の多くの人が直面している状況についてをより学ぶことができたこの日を良い日だったと振り返っていると思う。」

「熱心な働きと素晴らしい集まりに、そしてこの実現を可能にしてくれたラシードに感謝したい。」

なぜファサーイル・アル=ウスタなのか?

ペツァエル入植地とトメル入植地の間のC地区に位置するファサーイル・アル=ウスタ内にあるコミュニティでは、水道水や電気へのアクセスが妨げられ、各自の家への唯一の連絡道路となっている岩道をタール・マカダムで舗装することも許されていない。さらに2011年7月以来、4度に渡る暴力的な家屋破壊に直面してきた。

2011年3月には広範に渡る破壊命令が出され、2011年6月にイスラエル占領軍が来て18の家屋と3の家畜小屋を破壊した。

各地から集まったボランティア達

各地から集まったボランティア達

さらに、2011年12月には、イスラエル占領軍が再びやってきて、さらなる家屋と家畜小屋を破壊していった。2012年3月5月にも同様の事態が起こった。

2012年11月には、イスラエル占領軍がファサ―イル・アル=ウスタコ・ミュニティのメンバーに対して新たな命令を発行した。この時、住民たちは家屋破壊だけではなく立ち退きの危機にも瀕することになった。強制的な追放命令に抵抗するためには、コミュニティのメンバーたちは今、自らの土地にとどまり続けるためのより多くの家を建設したいと思っている。

村の周りの土地は近接するトメル入植地とペツァエル入植地にとられたり、排他的軍事区と宣言されたりしている。これによって、コミュニティで羊を飼うことによって生計を立てることが計画的に妨げられている。2012年7月には11歳の少年ラミ・ムハンマド・アル=ジェディヤが、羊の番をしている最中にクラスター爆弾によって重傷を負った

さらに、2012年10月には、63頭の羊が、餌として放置されたパンを食べて毒にかかり、ペツァエル入植地の近くで見つかっている

こうしたすべての抑圧を通して、コミュニティは自らの土地にとどまり続けることを強く決意し、ヨルダン渓谷連帯と密接に協力しながら、自らの土地にコミュニティの資源を建設し木々を植えることによって、その地に生きる権利を維持しようと活動している。

ファサーイルの背景情報

床打ち作業

床打ち作業

ファサーイルはヨルダン渓谷の南に位置するパレスチナ人の村である。1994年のオスロ合意の下で、この村は3地域に分けられた。(ファサイール・アッ=タハタ、ファサーイル・アル=ウスタ、ファサーイル・アル=ファウカ)この村は3つのイスラエルの違法農業入植地に囲まれている。トメル入植地は1974年に建設され、農地の366ドゥナム(1ドゥナム=100平方メートル)を支配し、282人の人口を抱えている。プツァエル入植地は1975年に建設され、この村の歴史的な名前を奪った。この入植地は農地の214ドノムを支配している。マアエル・エフライム入植地はヨルダン渓谷に建設された最初の入植地の一つで、村を見渡す丘の上の大部分を支配している。

イスラエル政府は、イスラエル国内と各国に暮らすユダヤ人に、この地域の入植地に暮らすことを奨励するため、大量の経済的報酬を提供している。占領地のヨルダン渓谷(と西岸地区)出身のパレスチナ人は労働力として使われ、無契約の日雇い労働者として1日あたり50シェケル(非常に少ない額)が支払われている。

ヨルダン渓谷の土壌はとても肥沃で、 年中気温が高い海抜数百メートルの場所に位置し、巨大な水源がある。その結果、ヨルダン渓谷は常にこの地域の食料生産の中心地であった。要約すると、イスラエル入植地は、パレスチナ人の手で作られ、 パレスチナ人から奪った土地で、パレスチナ人から奪って灌漑した水によって作られたこの地域の農産物によって、巨大な利益を作っているのである。

この村の主要部、ファサーイル・アッ=タハタはオスロ合意の下でB地区に分類されている。B地区とは、パレスチナ自治政府が政治支配権を持つが、軍事支配権はイスラエルが持つ地域である。B地区に住むパレスチナ人は医療や教育のサービスに加えて、水や電気を家に流したりすることが許されている。地理的にコミュニティを拡大することは制限されており、メコロット(イスラエルの水道会社)は1時間あたりわずか6立方メートルの水しかこの村に許可していないため、夏季の間は重大な水不足に陥る。80ドゥナムにわたるとされる村のこの地域には、およそ1300人が暮らしている。家族の人口は自然に増え、それは人口増加へとつながるが、占領軍は困難な社会的・経済的状況をつくり上げることによって、多くの人々がより広い郊外へ移動することを強制している。

ファサーイル・アル・ウスタ遠景

ファサーイル・アル・ウスタ遠景

ファサーイル・アル=ファウカ(上部)は北部に向かって約3キロメートルのところに位置し、約700名が暮らす地域で、オスロ合意の下でC地区に定められている。ヨルダン渓谷連帯はこのコミュニティとともに長期に渡るキャンペーンに参加してきた。2007年には、ヨルダン渓谷連帯のボランティアとコミュニティのメンバーが泥レンガで学校を建設した。パレスチナ教育省によって認められ援助を受けるようになるまで(それ以降はここから教師の給料が支払われている)、ボランティアたちが子どもたちに教えていた。ノルウェーの国会議員がこの学校修復のための資金を提供し、現在はこの地域における12歳以下の子どもたち135名が教育を受けている。裏手には新しく幼稚園が建設されており、クラスがまもなくはじまるところである。また、ベルギー政府はファサーイル・アッ=タハタ(B地区)からアル=ファウカ(C地区)に流れる電気インフラをコミュニティに寄付した。プラスチックの水道管も設置され、コミュニティに水道水が流れるようになっている。多くのベドウィンのテントが改修されてセメント造りの永久構造になり、コミュニティはなお占領下で苦しんでいるが、イスラエルはこの永久構造に存続許可を与えるためのパレスチナ自治政府との交渉中である。これは、学校建設やその他のコミュニティプロジェクトによってこの地に生きる権利を確立してきた地元のコミュニティによる決心と回復力によって可能になったものである。

ファサーイル・アル=ウスタは約200人のパレスチナ人の居住区であり、オスロ合意下のC地区に分類される。人口のほとんどが周辺の農業植民地トメル(1975)とファザエル(1975)で働いている。ほとんどのベドウィンと同様、住民は家畜を育てており、チーズを生産する者もいる。伝統的で持続的な生活方法は、土地の自然資源、とりわけ水にに依存している。基本的人権が許されているファサーイル・アッ=タハタから数百メートルしか離れていないにもかかわらず、ファサーイル・アル=ウスタでは水道や電気を家へ流すことが禁じられている。イスラエルの水と電気のインフラはコミュニティへ直接流れているが、これはユダヤ人入植者しか使用することができない。

原文:Solidarity work day in Fasayil al Wusta

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歴史的な井戸の修復が、占領軍によって阻まれる

2013年3月3日

アル・ハディディーヤ村の歴史的な井戸。背後にロイ入植地がある。

アル・ハディディーヤ村の歴史的な井戸。背後にロイ入植地がある。

2月24日、イスラエル占領軍(IOF)が、北部ヨルダン渓谷にある5つの井戸の修復を阻止した。イスラエル兵は、理由もなく、アル・ハディディーヤ村の2つの井戸とキルベット・サムラ村の3つの井戸(マクフール村の住民も利用している)の作業を中止させた。井戸は、同地区の30以上の家族に水の供給をおこない、深さは12メートルに達する。

これらの井戸の存在は、1967年のイスラエルによるパレスチナ占領以前にさかのぼるものであり、アル・ハディディーヤ村にずっと住んでいるアブー・サクルの家族は、何世代も前から井戸を利用していた。この地域で井戸は、700年以上前から存在し、ローマ帝国による支配の時代にまでさかのぼる。

水は、イスラエルによる占領下のパレスチナ人の生活にとって、とりわけ重要な問題の一つである。アル・ハディディーヤ村とキルベット・サムラ村、そしてマクフール村の村人は、17キロメートル先にまで出かけ、いくつもチェックポイントを通過し、しかも移動用水タンクに水を満たすために270シュケル払わなければならない。しかし、パレスチナ人は、イスラエル行政当局から、トラックで幹線道路を通行することを禁止されており、このことで、パレスチナ人が500から1000シュケルの罰金を課せられることは、日常的なこととなっている。

「アル・ハディディーヤの村人は、孤立している」と、アル・ハディディーヤの住人、アブー・サクルが語る。

現在、パレスチナの村々は、イスラエルの農業入植地とイスラエル軍の演習キャンプに取り囲まれている。「今日のイスラエル軍の行為は、ただ入植者の目を気にしてのものでしかない。」とアブー・サクルは付け加えた。

国際連合人道問題調整事務所(UNOCHA)の統計が示すところによれば、西岸地区に住むイスラエル入植者たちは、1人当たり、パレスチナ人の6倍の水を消費している。

原文:Rennovation of historic water wells prevented by occupation

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アル・マーレフ村の近くで訓練しているイスラエル軍

2013年1月29日

北部ヨルダン渓谷に位置するアル・マーレフ村では、1月17日から1月24日にかけての1週間にわたる嫌がらせと破壊に引き続いて、イスラエル占領軍は、定期的訓練のためにこの地を使用し続けている。

Active_Stills_Military_training_26_Jan_2013

原文:Active Stills: Army training near Al Maleh

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オリーブの木の植樹:抵抗と不変の決意

2013年1月28日

Planting_trees_AlMaleh_24Jan20132013年1月26日、国際的な活動家の団体、パレスチナの学生、EAPPI(パレスチナとイスラエルにおける超教派同伴プログラム)のメンバー、パレスチナ文化啓蒙フォーラム「タンウィール」のメンバーらは、アル・マーレ村を訪問し、オリーブの木を植え、地元のコミュニティーに対する支援を示した。約20本のオリーブの木が植えられた。

植樹は、その地域の民族浄化を目的とするイスラエル軍による家屋破壊の方針に従わないアル・マーレ村の意志を示すための、抵抗の行為として行われた。

午後1時ごろ、イスラエル軍は、2方向からアル・マーレへの道をふさいだ。2時ごろから通行がゆるされるようになったものの、一時的な軍の検問(一台のジープ、約5人の兵士、2つのタイヤ止め[stinger strip])が設けられ、すべての通行人はIDを提示しなければならなかった。活動家の最後のひとりが午後8時ごろに去るときも、この道路封鎖はまだ行われていた。

Planting_trees_AlMaleh_24Jan2013_21月17日にイスラエルの占領軍はアル・マーレで破壊命令を実行、25の民家を含む55戸の建物を破壊し、避難場所のない住人をそのまま置き去りにした。その後、イスラエル占領軍(IOF)は外国の活動家やジャーナリストが近づくのを防ぐため、この地域が軍事閉鎖地帯であることを宣言した。赤十字国際委員会から寄付されたテントは、軍に没収された。

翌週、アル・マーレの住民は再びテントを張り始めた。しかし1月24日木曜日に軍が来て、さらに村の2軒の家と、家畜小屋を取り壊した。兵士は、もし家を再建するならば、戻ってきて家を再び破壊するとアル・マーレの人々に話した。

Planting_trees_AlMaleh_24Jan2013_3活動家らは、1月24日、イスラエル軍に家を破壊されたナジラ・アル・ムハンマドという年配の住人に会った。解体の間、彼女は軍のブルドーザーを避けようとして転倒し、腕を折っていた。

ナジラはケガのための治療を受けたとJVSの活動家に話したが、明らかにその怪我のせいでまだ痛みがあり、簡単な作業もできない状態であった。EAPPIのメンバーは、彼女が国境なき医師団に村を訪問してくれるよう促していると述べた。

原文:Planting olive trees: resistance and steadfastness

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