アル・オージャでの自由劇場のピエロ

2013年10月16日

ラース・アル・オージャの子どもたちは、遊戯施設も学校もないおよそ100世帯のベドウィンのコミュニティに暮らしている。子どもたちは、おもちゃをほとんど持っていないし、少ししか休息がない。それは占領下にある生活の実体からきている。過酷な占領は子どもたちとその家族に土地、水そして電気へのアクセスを拒否しているのだ。

アル・オージャ、2013年10月16日

今日、ヨルダン渓谷連帯委員会とフリーダムバス劇場がLeapin Louieコメディーショーの訪問を主催した時、かれらは子供でいる機会を与えられた。

アル・オージャ、2013年10月16日

アル・オージャ、2013年10月16日

アル・オージャ、2013年10月16日

原文:Freedom Theatre Clowns in Al Auja

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イード・アル=アドハーの日に家を去らなければならない家族たち

2013年10月14日

アル=メイテ村の立ち退き 2013年10月14日

アル=メイテ村の立ち退き 2013年10月14日

本日、2013年10月14日、イスラエル占領軍はパレスチナの9家族に対して、軍事訓練の実施を理由に、住まいからの立ち退き勧告を出した。24時間以内に立ち退くことを強いられたこの日は、ムスリムにとって1年の重要な祭りの一つであり、家族や友人と祝うべき日である。その日に、これらのパレスチナ人家族はみずからの家から立ち退きを強いられるというのだ。ヨルダン渓谷西部に位置するアル=メイテーフ地域とアル=ボールグ地域(アル=マーレフ地区)の35人の子どもを含む70人の人びとが、朝5時から夜9時までの間、家を去らなければならない。

この地域に暮らすパレスチナ人家族は、現在「封鎖軍用地」とされているこの地域の土地すべてを所有していた。また、この人びとの家からほど近い丘の上にある軍事基地によって、人びとは日常的に、自分たちや子どもや動物に対して、軍が怪我を負わせるかもしれないという脅威に絶えずさらされている。詳細は「軍事支配」のページを参照されたい。

この地域は2011年5月にも、占領軍によって家屋破壊命令が出されている。

立ち退きを強制された家族の名前を以下に挙げる。
カリール・ウラッド・ザワーフレ
シャリーフ・カリール・ザワーフレ
ラーディー・カリール・ザワーフレ
レドワーン・カリール・ザワーフレ
ナイーフ・アビード・アル=ファキール
ムスタファ・カリール・ザワーフレ
カーリド・サラーマ・ザワーフレ
ラフィーア・ムーサ・アル=ファキール
アリー・ハサン・アル=ファキール

原文:Families forced to leave their homes on Eid al Adha

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国連人道問題調整官がパレスチナ人コミュニティーへの人道援助の妨害に関し懸念を表明

国連人道問題調整官ジェイムス・ローリーは、北部ヨルダン渓谷のマフール村の破壊を受け、9月20日に以下のプレスリリースを発表した。

国連人道問題調整官ジェイムス・W・ローリー氏は占領下ヨルダン川西岸地区内ヨルダン渓谷において緊急援助を必要とするコミュニティーへの人道援助の供与がイスラエル軍により阻止されたことに付き深い懸念を表明する。

本日発生した事件において、今週イスラエル当局により繰り返し破壊をうけたため、緊急避難を喫緊の要とするマフール村の、16人の子どもを含む48人のパレスチナ人へ向けて国際人道援助によるテントを運んでいた車両がイスラエル軍により拘留された。

イスラエル軍はまた、その場に居合わせた人道ならびに外交関係者に正面から敵対した。

「国際連合とそのパートナーは人道援助を緊急に必要としている人々への供与に関与し続ける」とローリー氏は発言し、西岸地区においてこの数カ月、強制追放・生計の喪失・家屋破壊などの、その影響が尾を引く人道上の事件数が増加しており、その影響を低減するための努力を国際人道援助関係者は継続すると付け加えた。「私はイスラエル当局に対し、彼らの所掌下にあるコミュニティーを保護する占領権力としての義務に従うよう呼び掛ける。これにはパレスチナ人の家屋と財産の破壊を停止する事が含まれる。」とローリー氏は言葉を重ねた。

「地に足をつけた前向きな方策を援助関係者が期待しているこのデリケートな瞬間に、占領下パレスチナにおいてパレスチナ人コミュニティーが根こそぎ土地を追われるのは、たいへん落胆させられる進展である。」という発言でローリー氏は論を終えた。

原文:UN Humanitarian Coordinator expresses concern at obstruction of humanitarian assistance for Palestinian community

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マフール集落の50家族が家を破壊され奪われる

2013年9月18日

Demolitions_16Sept2013_19月16日の早朝5時に100人以上のイスラエル兵士を乗せたジープと3台のブルドーザーがマフール村にやってきた。イスラエル軍は全村を3時間かけて破壊し尽くした。マフール村はハディーディーヤの近くにあり、50家族が住んでいる。

早朝に到着したイスラエル軍はマフールにつながり近隣地区を封鎖し、全村の破壊を開始した。無慈悲な破壊とテロリズムと言う他ない。そして特筆すべきことは、村は50家族82人の家であっただけでなく、たった生後2日の赤ん坊も在村していたのだ。村人たちは個人のものを持ち出す時間も、イスラエル兵に盗られたものを取り返す時間もなく、突然の人道的悲劇はイスラエル軍によりもたらされたのであった。もちろん村人たちは前もって警告など受けていなかった。

マフール村はヨルダン渓谷の中心にあり、今やついえたオスロ合意の結果としてエリアC(行政権・治安権ともにイスラエルが掌握)に分類されている。これが何を意味するかというと、この地域は完全なる占領下にあり、市民生活の上でも軍法の上でも支配されているということだ。2009年には安全保障上という理由でマフール村は軍から破壊命令を出されている。村はオスマン帝国時代からこの場所に続いてきたというのに。

Demolitions_16Sept2013_2マフール村は破壊命令に異議申し立てをし、村は土地の正当な所有権を保持していると確認したイスラエル法廷により、破壊命令は凍結された。だが全村破壊がなされた20日前に、村人らは、自身も入植者である新しい判事が凍結を撤回したと知った。つまりイスラエル軍によるテロリズム=恐怖支配の実施を後押しした訳だ。祖先の土地から自分たちが除去されることを拒む村人たちは、エルサレム(占領下パレスチナ)にあるイスラエル法廷に訴え、そして法廷は村人たちの
土地への権利を再確認した。にも関わらず、イスラエル軍は16日早朝に村を襲い全村を壊滅させたのである。

村落破壊を実行して以来、イスラエル軍は地域一帯の監視を継続しており、村人たちの家屋再建を妨害し続けている。パレスチナ赤新月社(赤十字に相当)がテントを村人たちに届けようとしたときも、タヤシル検問所で止められた上になんと軍はテントを没収したのだ。

オスロ合意以降ヨルダン渓谷地域はエリアCに指定された。このためイスラエル軍はこの地で野放しになっている。村は定期的に破壊され、村人たちは危害を加えられるはめになっている。さらにヨルダン渓谷地域の多くの土地が完全にパレスチナ人の手の届かない状況におかれている。それは(イスラエル法の観点からすら)違法な入植地と、「安全保障上」のラベルが貼られた地域と、「実弾演習」場ということになっているイスラエル軍が接収した土地があるからである。

原文:50 families made homeless in the hamlet of Makhul

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ファサーイル・アル=ウスタに水を ― ヨルダン渓谷

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

ヨルダン川西岸地区の東部に位置し、ヨルダン川沿いを70キロメートル以上に渡って広がっているのがヨルダン渓谷である。この渓谷では今日まで、農業が主要な収入源となっている [1]。しかしパレスチナ人の村でこうした農業収入が生み出されることはもはやない。収入はイスラエルの入植地において生み出されているのだ。貴方がスーパーマーケットで購入してきた摘みたてのミントやタラゴン、セージといった作物は、こうした入植地で育ったものかもしれない。入植地で盛んとなっている農産業はパレスチナの農家の犠牲の上に成り立っている。パレスチナ人の水資源へのアクセスはより厳しく制限されるようになってきているからだ[2]。ヨルダン渓谷連帯は、インターナショナルなネットワークとヨルダン渓谷に住むパレスチナ人とが連帯し、この地域に暮らすパレスチナ人のために活動する地元団体である[3]。

イスラエルは1967年(6日戦争)以来、ヨルダン川西岸地区を占領下に置いてきた。ヨルダン渓谷はイスラエルが最初の入植地建設に当たった地域のうちの一つである。今日、ヨルダン渓谷内の37の入植地に、9000人を超える入植者たちが住んでいる。入植者たちの暮らしの傍らには、29の村々と12のベドウィン共同体があり、65000人のパレスチナ人が暮らしている。1990年代、ヨルダン川西岸地区はA地区、B地区、C地区に分けられた(オスロ合意)[4]。ヨルダン渓谷の93%は「C地区」に分類されている。この地域は一時的にイスラエルの完全なコントロール下に置かれている。西岸地域の都市部のほとんどはA地区にあり、この地域はパレスチナ自治政府(Palestinian Authority=PA)による完全支統治下にある。B地区では、パレスチナ自治政府が民生権限を持ち、イスラエルが治安権限を持つ。

入植地に囲まれた村

ファサーイルはヨルダン渓谷内の29のパレスチナ人の村のうちの一つである。この地域は3つの部分からなる。ファサーイル・アル=テクタ(住民900人、B地区)、ファサーイル・アル=ファウカ(住民750人、C地区)、そしてファサイール・アル=ウスタ(住民150人、C地区)である。この村は以前、さまざまな作物、とりわけなつめやしやとうもろこし、メロン、バナナ、柑橘系の果物やトマト、じゃがいもが育てられる畑に囲まれていた。ファサーイル村の南部はトメル入植地によって完全に取り囲まれており、村の西側はペツァエル入植地の境界線に接している。この二つの入植地はファサーイルの農耕地域のほとんどを奪い去った。高さ3メートルの電気フェンスの向こう側には、豊かに青々と潤う畑が広がっている。また他のフェンスの向こう側には新しく建てられた家々が立ち並び、青く茂る高い木々の大きな陰の下にはプールやカーポートが広がっている。

水なしに農業はできない

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

ファサーイル・アル=ウスタでは、水資源に直接アクセスする手段は現在、ほとんどまったくない。数年前には幾つもの水路によって村の周りの畑と2つの水源とが結ばれていた。水源の一つは村民共有の家の下を走っており、この家は以前は地元農民たちが集まる場所となっていた。この家には今は誰もいない。壁はひび割れ、鳥達がキッチンの住人となっている。二つ目の水源は、村からは離れたところにあるのだが、消失しつつある。水源が欠乏している状況下では、入手できる残り僅かな水はもはや人間の消費に耐えられるだけの量を供給できない。水源修復のための許可を得るためにイスラエル政府に申請したが、拒否された。この許可が下りない状況では、村民は仕事を始める勇気もエネルギーも沸かない。畑の脇を走る水路には数箇所の破損があり、完全に消え去ってしまった水路もある。

トラクターを所有するだけの余裕がある住民ならば、水源へのアクセスのある村から水をタンクに入れて運ぶことができる。しかし水の価格はとても高く、家庭内での使用と家畜の飲水としてしか使うことができない[6]。ファサーイル村の住民の多くにとって、残された選択肢は、トメル入植地やペツァエル入植地におけるイスラエルの農産業の中に仕事を見つける以外にほとんどない。こうした入植地で働く人々には契約書も、保険も雇用保障も与えられず、収入は乏しい。未成年者でも仕事を得ることは可能だ。

トメル入植地とぺツァエル入植地はメコロットというイスラエルの水道会社から主に水を得ている。2008年、メコロットはヨルダン渓谷に3200万立方メートルの水を汲み上げる28のポンプ場を設立した。それ以降、イスラエルがヨルダン渓谷下の水源(帯水層)から汲み上げた水の量はとても多く、水位が下がってしまったほどだ。パレスチナ人の水源は、大抵がイスラエルのものよりも浅いところにあり、一つまたひとつと枯れ上がっている。メコロットのポンプ場は、渓谷のあらゆるところにある。白色と青色が塗られた水道管の周りには、フェンスと鉄格子が張り巡らされている。C地区に暮らすパレスチナ人は、この水を使用することはほとんどできないし、自分たちの水源を修理したり深く掘ったりする許可を得ることもできない。ポンプから入植地へと結ばれている広大な水道管網は、パレスチナ人の暮らす地域の真下の深いところを通っているか、あるいはその脇を通り過ぎていっているのである[7]。

ヨルダン渓谷連帯

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

「ファサーイルに水を」2013年8月17日

ファサーイル・アル=ウスタはさまざまな計画が進行中である。インターナショナルなネットワークを持つ地元団体であるヨルダン渓谷連帯(JVS)は、地元住民との連帯にもとづき、ヨルダン渓谷に暮らすパレスチナ住民のために活動している。JVSはさまざまなコミュニティ、あるいは地元地域やインターナショナルのボランティアと連絡をとりあい、家屋の修繕や水道の建設を手伝ったり、定期的に現地情報について報告している。2007年には、JVSのボランティアがサセックス大学の学生訪問団とマーアム開発センターと共同して、ファサーイル村唯一の学校を建設した。2008年、この学校建設が無許可で行われたとして、イスラエル政府による破壊命令が出された。この命令に対して激しい抗議活動が起こり、今でも学校は健在である。学校は6歳から15歳の生徒たち約200名の居場所となっている。学校が建設されたことに励まされた何人かの住民たちは、 イスラエル政府からの許可を待つのをやめ、自分たち自身の家の修繕にとりかかった。イスラエルは西岸地区全域で家屋破壊をし、破壊命令を出し続けている[8]。

ファサーイル・アル=ウスタの村民共有の家は、修繕された後、JVSのインターナショナルのボランティアが寝泊まりしたり、新しいプロジェクトを始めたりするための新しいミーティングハウスとなる予定である。また、ファサーイル・アル=ウスタでは今なお水資源へのアクセスが制限されている。パレスチナ人とインターナショナルのボランティアは、ファサーイル・アル=ファウカからファサーイル・アル=ウスタまでを結ぶ600メートルの送水管を建設した。送水管は5家族に水を供給しており、1日あたり20立方メートルの容量がある。

注:
(1) Al Haq, ‘Feasting on the occupation’, 2013, p 11
(2) B’tselem, ‘Dispossession and Exploitation – Israels policy in de Jordan Valley and the Northern Dead Sea Area’, 2011, pg 7-8
(3) www.jordanvalleysolidarity.org
(4)西岸地区におけるA地区・B地区・C地区の区分は地図「ヨルダン渓谷」を参照
(5) ‘Dispossession and Exploitation’, cfr 2
(6) タンクの水1立方メートルあたりの価格はトゥバスにおける水道水の約27倍である。価格は距離に応じて異なる。
(7) ‘Dispossession and Exploitation’, pg 21, (cfr 2)
民間人負傷者数や死者数、建築物の破壊に関する情報は http://www.ochaopt.org/ を参照。

原文:Water for Fasayil Al-Wusta – Jordan Valley

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ヨルダン渓谷における連帯と行動の日

28June2013_laughing

???????????????????????????????2013年6月28日

この日、ヨルダン渓谷連帯の活動家は、ヨルダン渓谷のバルダラ村、エイン・エル・ベイダ村、そしてアル・ハディディーヤ村で、「生存権の日」のイベントを催した。

その日は、特に女性と子どもにフォーカスを当てつつ、地域すべての人びとを対象とした。

イスラエル領やゴラン高原に住むパレスチナ人支援者が、玩具や食料品、衣服などを提供し、また、地域の子どもたちのためのゲームや余興をおこなった。

また、いくつかのワークショップや会議が行われ、ヨルダン渓谷連帯委員会と地域の各コミュニティとがどのように協同するかについて話し合われた。

特に、渓谷における女性の状況について話し合いがもたれ、大衆的な非暴力行動や抵抗運動に、女性がより全面的に参加できるようになるにはどうしたらよいかについて議論された。

議論の中心は、ヨルダン渓谷からパレスチナ人コミュニティを強制的に一掃しようとするイスラエルの策動についてであった。このことは、すべての渓谷住民の日常生活に影響を与えている。彼らは、水や電気・教育へのアクセスを否定され、家を建てる許可を拒否されている。また、彼らの家は破壊され、土地は強制収用されている。

渓谷の各コミュニティの住民たちは女性と子どもをテーマにしたキャンペーンを歓迎しした。また、嬉しいことに、国内外のメディアが取材に来て、これらの問題を報道した。

原文:June 28th 2013: Day of Solidarity and Action in the Jordan Valley

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ラス・アル・アフマル村における家屋破壊

ラス・アル・アフマル村における家屋破壊(2013年6月27日)

ラス・アル・アフマル村における家屋破壊(2013年6月27日)

2013年6月27日

6月27日の朝、イスラエル占領軍は、ラス・アル・アフマルを含む、ヨルダン渓谷北部の様々な場所で、7軒の家屋といくつかの家畜小屋を破壊した。

原文:Demolitions in Ras Al Ahmar

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